誰でもAIで教材を作って売る時代へ【第2章】なぜ“プロではない教材”が信頼されるのか

なぜ“プロではない教材”が信頼されるのか

教材が誰にでも作れるものになった今、
次に問われているのは「誰が作った教材が、なぜ選ばれるのか」という構造だ。

情報の信頼性は、かつては“誰が言ったか”に大きく依存していた。
職業、肩書き、実績──こうした外的な要素が、発言の信憑性を保証していた。
教材においても同じで、それを作るのは原則として「教える立場の人」であるべきだとされていた。

しかし現在、この前提が揺らいでいる。


学びの現場では、むしろ「プロではない人の教材」が信頼を得る場面が増えている。
その理由は、教材に対する評価軸が変化しているからだ。

従来、教材とは「正確な知識」を提供するためのものだった。
だが今、求められているのは、「実感のある構造」と「再現できる順序」だ。
何を知っているかではなく、どういう視点からその内容が並べられているかが重視されている。


この背景には、情報環境の変化がある。

検索すれば正しい知識は簡単に手に入る。
AIを使えば、正しい構文で文章を生成することも難しくない。
つまり、情報や文章の“正しさ”はコモディティ化してしまった。

そこで信頼を得る教材は、単に正しいだけでは足りない。
そこには「誰が」「どんな体験を通じて」「どのように構成したか」という背景が必要になる。


例えばTOEICの教材を想像してみる。

満点保持者が理路整然と語る解説は、たしかに情報としては正確だ。
だが、多くの学習者が実際に参考にしているのは、
「社会人として働きながら、3ヶ月で600点を取った人の具体的な手順」だったりする。

そこには、「自分にもできそうだ」という感覚が含まれている。

この“自己投影のしやすさ”が、教材の信頼を構成する要素として大きくなっている。


教材を評価する視点は、変わった。

それは、構成の工夫を読み取るという姿勢への変化であり、
語り手の“プロとしての資格”よりも、“経験の編集者”としての能力が評価されている。

教える資格ではなく、共通の課題をどう捉え、どう整理してきたか。
そこに共感が生まれたとき、読者はその教材を信じる。


このような環境の変化は、教材を作る側の選ばれ方にも影響している。

・体験を過不足なく編集できる
・自分のつまずきを他人のヒントに変換できる
・背景や前提条件を丁寧に開示できる

そうした特徴を持つ作り手が、読まれ、買われ、信頼されている。


AIはこの流れを加速させている。
構成・文章の土台はChatGPTが担い、視覚的整理はCanvaが補完する。
販売の場もnoteなどが提供してくれる。

だからこそ、際立つのは“その人にしか語れない順序”と“選ばれた語彙”だ。
すべてが整っている時代には、整いすぎていない部分にこそ人間性が宿る。


プロではない人の教材が信頼されているのは、
情報の完全性ではなく、「視点の信頼性」が評価されるようになったからでもある。

それは知識の正しさではなく、構造の親しみやすさで選ばれる時代の構造だ。
そして今、それが当たり前のように成立している。